皇后・雅子様の経歴や父親は?若い頃の顔画像が美人!年齢や身長は?母親や家族についても

令和の新皇后となられる雅子様。

この記事では、雅子様の経歴

若い頃の美人な顔画像
年齢や身長

雅子様の父親や母親
家族についてまとめました。

雅子様の経歴は?学歴・職歴・皇太子妃の活動

まずは、雅子様
(皇太子徳仁親王妃雅子/旧名:小和田雅子)

の経歴を紹介していきます。

雅子様の学歴

1966年(昭和41年)9月(2歳)ソビエト連邦モスクワ市立ジェツキサートNo.1127保育園入園
1968年(昭和43年)9月(4歳)米国ニューヨーク市立第81パブリックスクール付属キンダガーデン入園
1969年(昭和44年)9月(5歳)、米国ニューヨーク市立第81パブリックスクール入学
1971年(昭和46年)3月(7歳)、東京都目黒区立原町小学校1年編入
1971年(昭和46年)4月、東京都新宿区立富久小学校2年編入
1972年4月(昭和47年)4月(8歳)、田園調布雙葉小学校3年編入
1976年4月(昭和51年)4月(12歳)、田園調布雙葉中学校入学
1979年4月(昭和54年)4月(15歳)、田園調布雙葉高等学校入学
1979年9月(昭和54年)9月(15歳)、マサチューセッツ州立ベルモントハイスクールに編入
1985年(昭和60年)6月(21歳)、ハーバード大学経済学部卒業
1986年(昭和61年)4月(22歳)、東京大学法学部の3年次に学士編入学
1987年(昭和62年)3月(23歳)、東京大学法学部中退

雅子様は1986年4月に東京大学に3年次編入学し
同年10月に外務省に合格したため
翌年3月に東京大学法学部を中退されています。

在学中に外務省に合格し中退って
とても頭の良い方ですね。

素晴らしいです。

さて、大学在学中に外務省に合格された雅子様は
素晴らしいキャリアを積んでいきます。

雅子様の職歴を見ていきましょう。

雅子様の職歴

1986年(昭和61年)10月(22歳)外交官試験合格
1987年(昭和62年)4月(23歳)外務省入省。経済局国際機関第二課に配属(OECD担当)
1988年(昭和63年)9月(24歳)オックスフォード大学ベリオールカレッジに外務省の研修で留学
1990年(平成2年)7月(26歳)外務省北米局北米二課に配属
1993年(平成5年)1月(29歳)外務省退職

雅子様は外務省に勤める
バリバリのキャリアウーマンでした。

そんな美しくて頭の良い雅子様が
皇室に入られるとは
なんともロマンチックですね。

雅子様の結婚後・皇太子妃時代の経歴

1993年(平成5年)1月19日(29歳)皇室会議で皇太子徳仁親王の妃に内定
1999年(平成11年)12月、稽留流産の手術を受けたと発表される
2001年(平成13年)12月1日(37歳)敬宮愛子内親王を出産
2003年(平成15年)12月3日に帯状疱疹を発症。公務を休み療養
2002年(平成14年)12月、皇太子徳仁親王と共に、ニュージーランドとオーストラリア両国を公式に親善訪問
2004年(平成16年)適応障害を患う
2006年(平成18年)8月17日〜31日、病気療養のためオランダ王国へ皇太子徳仁親王と敬宮愛子内親王(当時4歳)と共に旅行
2010年(平成22年)3月以降、不登校など問題を抱えた敬宮愛子内親王の登下校に付き添う
2013年(平成25年)4月28日、皇太子徳仁親王と共にオランダ公式訪問
2015年(平成27年)7月2日〜6日、トンガ公式訪問
2019年(和元年)5月1日、皇太子徳仁親王の即位に伴い皇后となる(立后)

雅子様は多大なストレスで
頻繁に体調を崩されています。

世継ぎ問題のプレッシャー、
マスコミによる過度な妊娠報道

雅子様の経歴に対する批判など
ストレスの要因は多々ありました。

皇后になられてからも
雅子様が心身ともに健康でいられることを心よりお祈りします。

雅子様の年齢や身長・体重は?

雅子様は1963年(昭和38年)12月9日生まれなので
現在55歳です。

東京都港区虎ノ門の虎ノ門病院に生まれ
本籍地は新潟県村上市本町です。

今日も非常に美しく
55歳には見えませんね。

身長や体重については
身長164cm、体重51kgと公表されています。

身長161cmとの声もありますが
公表されている情報が正しいのではないでしょうか。

雅子様の若い頃の顔が美人すぎる

雅子様の若い頃がかわいい!美人!

ということで
雅子様の若い頃の顔画像をまとめてみました。

ハーバード大学時代の雅子様の顔

婚約前の雅子様の顔

婚約会見時の雅子様の顔

ウエディングドレスの雅子様の顔

雅子様の現在の顔

現在も美しい雅子様。

新皇后としての雅子様を
一国民として支えていきたいと思います。

雅子様の父親・小和田恆は?

雅子様の父・小和田恆(おわだひさし)さんは
外交官、第22代国際司法裁判所(ICJ)所長、教授などを務める非常にお偉い方です。

1932年(昭和7年)9月18日生まれの86歳です。

東京大学を卒業し
ケンブリッジ大学法学部大学院博士課程を修了しています。

雅子様のお父様もやはり賢かったのですね。

経歴を簡単に紹介すると

1951年(18歳)新潟県立高田高等学校卒業
1955年(22歳)東京大学教養学部教養学科卒業
1959年(26歳)ケンブリッジ大学法学部大学院博士課程修了
1960年(27歳)在ドイツ日本国大使館一等書記官
1972年(39歳)国際連合局政治課長
1979年(46歳)在アメリカ合衆国日本国大使館公使、ハーバード大学法学部客員教授
1991年(59歳)外務省事務次官
1993年(61歳)外務省顧問、外務省を退官

雅子様が皇太子様と結婚された
1993年に外務省を退官されました。

その後は、国連安全保障理事会の議長
大学や大学院の教授
国際司法裁判所所長などを務めています。

雅子様の父親は多くのキャリアを積んでおり
全て記載すると長くなるので
主要な経歴だけ紹介します。

1997年(65歳)国連安全保障理事会(UNSC)議長
1998年(66歳)日本国際問題研究所理事長、世界銀行総裁特別顧問
1999年(67歳)ハーグ国際法アカデミー教授
2000年(68歳)早稲田大学大学院教授、大阪大学大学院国際公共政策研究科客員教授、放送大学教授、ハーバード大学法学部客員教授、民間外交推進協会(FEC)評議員会議長
2001年(69歳)名桜大学客員教授、早稲田大学アジア太平洋研究センター客員教授、常設仲裁裁判所裁判官
2003年(71歳)国際司法裁判所(ICJ)判事
2005年(73歳)ミュージック・フロム・ジャパン名誉会長
2007年(75歳)広島大学大学院総合科学研究科顧問教授、ライデン大学名誉教授、国際法協会日本支部理事、アジア国際法学会会長、日本国際法学会名誉理事、アメリカ国際法学会名誉会員、万国国際法学会正会員、常設仲裁裁判所国別裁判官団判事
2009年(77歳)第22代国際司法裁判所所長
2012年(80歳)国際司法裁判所所長退任
2018年(86歳)核脅威イニシアティブ名誉役員、国際司法裁判所判事を退任

雅子様が皇后になられることと
高齢であることを理由に
2018年に国際司法裁判所判事を退任されたそうです。

雅子様の母親や家族は?

雅子様のお父様は
素晴らしいキャリアをお持ちの方でした。

雅子様の母親や家族も
同様に素晴らしい方々です。

簡単に説明すると

母・小和田優美子さんは
慶応義塾大学文学部フランス文学科を卒業。

妹・礼子さんは
慶應義塾大学法学部政治学科卒業
ジュネーブ高等国際問題研究所大学院卒業し

就職先は国連難民高等弁務官事務所ハノイ。

もう一人の妹・節子さんは
東京大学文学部英語英米文学科卒業されています。

秀才家族ですね…

驚きです。

皇后・雅子様に関するネットの反応

最後に、皇后・雅子様に対する
ネットの反応をまとめていきます。

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