青木久典(法大監督)が部員暴力!顔や経歴は?家族や妻は?新監督の金光興二とは?

野球部の名門と名高い法政大学です。

野球部の監督である青木久典さんが部員に暴力をふるったとして4か月の謹慎処分となりました。

青木久典監督は2016年の夏に4年生の部員の腹を拳で殴り、秋には部員の胸を殴ったり

太ももを蹴ったりしたそうです。

この記事では、青木久典の顔や経歴や学歴、家族や妻についてまとめました。

青木久典監督が部員に暴力の疑いで謹慎

法政大学野球部の監督である青木久典。

暴力については同協会により告発文書が届き明らかになりました。

告発文によれば、暴力を受けたのは現在の学生部員のみならず

過去にも、OB選手が暴力を受けていることおが明らかになりました。

青木久典監督は45歳という若さで監督を務めていたそうですが

その実態は暴力が多かったということが明らかになりました。

部員の生活態度を理由に暴力をふるったということですが

暴力がたびたびあったということから気性が相当荒かったと思われます。

青木久典のプロフィールは?(顔画像・経歴)

ここでは、青木久典監督のプロフィールをご紹介します。

青木久典の顔画像・プロフィール

名前:青木久典

生年月日:1973年2月16日

年齢:46歳

出身地:三重県

ポジション:遊撃手

青木久典の経歴

青木久典は高校時代、三重高校で主将で遊撃手として第62回選抜高等学校野球大会に出場しました

ベスト8の成績を残しています。

その後、大学は法政大学文学部史学科に進学します。

大学でも野球を続け、副将を務めました。

大学卒業後は北海道拓殖銀行に入社し、同行野球部(たくぎん)で続けます。

その後、本田技研鈴鹿へ移籍し2年プレーします。

そして、1999年からサンワード貿易に移籍し日本大会に出場するまでいたりました。

2004年に現役を引退します。

2005年からは富士大学の野球部のコーチになります。

2008年には監督代行を務め北東北大学野球リーグ優勝に導きます。

その後、2009年に監督を務めました。

2014年からは法政大学野球部コーチに就任しました。

青木久典の家族や妻は?子供は?

ここでは、青木久典の家族や妻、子供についてご紹介します。

現在のところ、青木久典の家族や妻、子供については明らかになっていないことが多いようです。

このような事件があったため、より情報が少ないのかもしれませんね。

報道によれば、野球部の寮に家族と共に住み込み生活をしているとされていました。

野球部の寮に妻や子供と住むだけのスペースがあるのかどうか疑問に思いますが...

新しい情報が入り次第追加していきます。

新監督の金光興二とは?

青木久典監督の謹慎後の監督ですが、監督は金光興二(かねみつこうじ)監督が務めているようです。

ここでは金光興二監督のプロフィールや経歴をご紹介します。

金光興二のプロフィール・プロフィール・顔画像

 

名前:金光興二

出身地:広島県広島市西区

生年月日:1955年9月15日(63歳)

身長:179㎝

体重:75㎏

ポジション:内野手

金光興二の経歴・学歴

金光興二監督は天満小学校、観音中学校を卒業し広島商業に進学しました。

1973年には広島商業の主将で1番の遊撃手として春の選抜に出場しました。

貼るには横浜高校に敗れ準優勝に終わりますが、同年の夏の甲子園では決勝戦で

静岡高校を下し、優勝します。

高校卒業後は法政大学に進学し法政大学でも1年生にも関わらずセカンドのレギュラーを勝ち取る実力者だったそうです。

1976年、1977年と明治神宮野球大会を連覇し大学日本一にもなり法政を黄金時代へ導きました。

そして、今回、法政大学野球部の監督を務めるに至りました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です